July 29, 2010 9:23 AM
Webサイトも更新されたことで4ヶ月ほど前のFW2010撮影について少し。今回もBen Hassettとの撮影です。彼とは既に4回目になりますが、非常に相性が良く、仕事を重ねる度に楽しさが増しています。今回はスケジュールにかなりの無理があり、一度は撮影を断念しましたが、週末を使ってNYの彼の自宅スタジオまで押しかけて撮ってきました。スタイリストはBenの奥さんに代わり彼女の友人でVogue ParisのLudivigne Poiblanc。 モデルは2010のPirelliカレンダーにも出ているMalores Horst。全員がクリエイティブに貢献するとても気持ちの良い撮影でした。以下、お気に入りの二枚。
July 6, 2010 11:38 PM
ノーベル平和賞受賞者、ユヌス教授に聞いてみよう
ソーシャルビジネスセミナー
日時 2010年7月14日(水)
午後5時45分?午後7時30分
場所 東京国際フォーラムホールD7
東京都千代田区丸の内3丁目
ノーベル平和賞受賞者であり、マイクロクレジットの創設者でもあるムハマド・ユヌス教授より、彼自身が"人々の最も緊急なニーズに応える、新しい種類のビジネス"と定義したソーシャルビジネスについて、ビジョンを話していただきます。
このセミナーでは、社会の進歩に積極的に貢献する新しいビジネスモデルの発展について学ぶことができ、また、既にこの分野に進出している企業よりその経験を共有していただく予定です。
その他の登壇者
立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科委員長・教授 中村 陽一氏
ダノングループ 共同COO エマニュエル・ファベール
経済産業省経済産業政策局地域経済産業グループ審議官 米倉 実氏
コーディネーター
日本経済新聞編集委員 兼明治学院大学教授 原田 勝広氏
ムハマド・ユヌス氏略歴
世界で初めてマイクロクレジット制度を確立したグラミン銀行の創設者。グラミン銀行は、バングラデシュ国内で1,400支店、5万以上の村に存在。2006年、ムハマド・ユヌス氏はダノンと共同で、社会的企業モデルのグラミン・ダノン・フーズを創設した。また2006年には、ソーシャルビジネスを提唱し、グラミン銀行を創設者したことが評価され、ノーベル平和賞を受賞。ムハマド・ユヌス氏は、セネガル、カンボジア、インド、フランスで社会的企業をサポートしており、ソーシャルビジネスのインキュベーターであるdanone.communitiesのバイスプレジデントでもある。
著書:
『貧困のない世界を創る』(早川書房)
『ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家』(早川書房)
申込方法
氏名、大学名、学年、学部、研究室またはゼミなどでの研究テーマ(任意)を記入し、danone.pr@bm.com までメールを送信して下さい。
締め切り
日時: 7月9日 (金) 午後12時
応募者多数の場合は、大学生、大学院生を優先した後、抽選を行います。あらかじめご了承ください。 なお、当選者全員にメールでご連絡いたします。
Twitterで、このイベントに関してつぶやく際には、#danonesb をご利用ください。
当日参加できない方のために、Ustreamで中継します。
URL:http://www.ustream.tv/channel/danonesb
プレスリリース:ユヌス教授に聞いてみよう.pdf (133KB)
フライヤー:ソーシャルビジネスセミナー.pdf (165KB)
May 29, 2010 7:40 PM
今やブランドがソーシャルメディアに公式のコミュニケーションチャネルを持つことは珍しくありません。そもそもソーシャルメディア上の対話に参加すべきでない(または必要のない)ブランドも多く含まれているとは思いますが、私が気になるのはその効果です。一時的な流行に乗って効果を実感できない投資が続けば、次第に企業の関心は薄れます。どのビジネスに於いても重要と言える「顧客との対話」と「アドボカシー」。それらを実現するソーシャルメディアマーケティングに取り組む前に企業にとって必要な事を考えてみました。
目的・目標は明確か?
多くの企業がソーシャルメディアを「課題」として考えている事で、スキーム自体は(明確な戦略が無くても)ベンダーにとって非常に売りやすいものです。ブロガーを使う、Twitterを使う、という「手法」だけが先行し、明確な目的や目標、その測定方法などは定義されていない場合が多いのではないでしょうか?単発のプロモーションとしては非常にリーチの低いものも多く、何かの事業課題の解決に役立っているとは思えません。
多くの場合、「評判の改善」が漠然とした目標として定義されているでしょう。しかし、その現状を正確に把握しなければ、どのように改善を行うべきかも分かりません。キャンペーンやインタラクティブなコンテンツをフックに、レレバンシーの低い少数の消費者にブランドを語らせても販売効果に結びつくとは思えません。先ずは何故、どのようにソーシャルメディアを使うのか?そしてどれほどの改善を見込み、どれほどの投資を認めるのか?明確な答えが無ければ、その投資は無駄になる可能性が高いでしょう。
ファン(支持者)を囲い込んでいるか?
ソーシャルメディアでブランドの発言に興味を持ち、その発言を拡散してくれるのはブランドを推薦する意志のある支持者くらいです。いくら手法が面白いからと言って、興味の無いブランドの情報を知り合いに勧める事はないでしょう。本格的にソーシャルメディアマーケティングに取り組む前に、先ずはそのブランドの活動を支えてくれる支持者の囲い込みが必要です。
企業がダイレクトマーケティングを行う顧客データベースには多くの支持者が含まれており、NPSの測定によって簡単にセグメントすることができます。少数のコンテンツ(コメント、レビューなど)提供者が多くの閲覧者に影響を及ぼすソーシャルメディアでは、語り手を選ぶことが最も重要と言えるでしょう。
企業がソーシャルメディアへと発信する情報が多くの支持者によって受け取られ、拡散されればその情報の流れは必ず大きく、そしてポジティブなものになります。ブランドを「絶対勧める」(NPS 10)、何万人もの顧客と直接対話を行う事が出来れば、マスプロダクトの売上にも無視出来ない影響を及ぼすでしょう。先ずは語る前に、語る相手を見つけるべきだと思います。
支持者のソーシャルテクノグラフィクスを把握しているか?
いくら支持者を集めても、彼らが肝心のソーシャルメディアを活用していなければ効果は見込めません。NPSを取得すると同時に、支持者がどのようなソーシャルメディアを、どれほどの積極性で活用しているかを把握しましょう。活用しているサービスなどを基にコンタクトを最適化することも可能ですし、活用の傾向を基に企画を行うことも可能です。支持者のソーシャルテクノグラフィクスを正確に把握することで、特定のサイトやサービスにフォーカスした評判の改善も行う事が可能になります。
ファンを刺激するコミュニケーションは明確か?
ファンがどのような理由でブランドを支持しているかを把握すれば、目的を達成するために必要なコミュニケーションも分かるはずです。ブランドや商品がどのように消費者の生活を豊かにしているのか。消費者の代わりに実現していることは何なのか。ファンに語って欲しいメッセージを決め、それを可能にするコミュニケーションを考えましょう。サンプリングが可能な場合は支持者を通じて行う事も考えられます。ファンに対して独占的な演出を行い、ブランドと「ミッションを共有している」と感じさせることも重要です。
ファンの声の収集、活用方法は決まっているか?
消費者の声は広告の中でも最も信頼性が高く、購買に影響を与えます。支持者が発するポジティブなコメントをどのように収集するのか?二次利用(及びパーミッションの取得)はどのように行うのか?少数のコメントが最大の影響力を発揮できるよう、その活用、拡散方法は事前に決めておきましょう。
ネガティブなコメントへの対応方法は決まっているか?
ソーシャルメディア上でのオープンなコミュニケーションにはブランドに対してネガティブな意見を持ったユーザーが参加してくる可能性もあります。想定されるネガティブコメントや返事の内容、返事を行う際の基準などを事前に決めておく必要があります。
拡散力のある公式ソーシャルメディアチャネル
影響力のある支持者を得ても、コミュニケーションのチャネルに拡散力が無ければ効果は見込めません。支持者が多くの消費者へとメッセージを拡散すうためには引用、転載、参照を行い易いチャネルで情報を提供する必要があります。公式ブログやTwitterアカウント、Youtubeチャンネルなど、支持者が使い易いフォーマットで情報を提供しましょう。
ソーシャルメディアマーケティングはソーシャルメディアとCRMを活用したPR活動と言っても良いでしょう。先進的なメディアを使って、無理に直接的に一般消費者の興味やロイヤルティを向上させる活動ではありあません。長期的に支持者を集め、関係を築くことで確実にアドボカシーを増やし、評判を向上させる活動です。サービスプロバイダにも多くの知識が必要ですが、なによりクライアント側のコミットメントが必要です。単発のプロモーションでいきなり飛び込むような事はせず、先ずは顧客との関係構築へと目を向けましょう。
May 28, 2010 2:21 AM
アフリカから帰国して2週間。まだ毎日色々と考えさせられます。特に現地で知り合った友人の言葉。今日は少し振り返って、彼の話をさせて下さい。
バマコからガオ、そしてモプティまでの長い道のりを休みなく運転し、私たちを無事に帰りのフライトまで送り届けてくれたバビィ。今回の旅では彼との会話が最も刺激的だったかもしれません。マリの人々のフランス語は非常にシンプル。彼は現地のバマラ語に加え、第二外国語でアラブ語、そして第三外国語としてフランス語を話します。この外国語を話せることが職を与えてくれたと言い、彼はその発言の後に「DIEU MERCI」(神に感謝)と付け加えました。
バビィは私と同い年。1978年生まれ。32歳で2人の女の子の父親です。彼に子供の事を聞くと「最初の娘は死んだ」と簡単に言いました。5歳未満の子供の致死率が2割のマリでは珍しい事ではないのかもしれません。しかし、「モスクでお祈りを続けたら、二人の娘を授かった、DIEU MERCI」と嬉しそうにも話します。バビィ曰く、娘は嫁に行った後も父親を忘れないそうで、マリでは娘が多い方が幸せになれるとの事です。彼はバマコ(マリの首都)でツアー会社の運転手として働き、金曜の夜に(家族と週末を過ごすために)セグゥの家まで6時間夜行バスに乗って帰ります。バスと言っても大型の相乗りカー。途中何台も見かけましたが、その旅は過酷そうです。
マリの失業率は30%程とされていますが、それには破綻した農家や、路上で果実などを売る人々は含まれていないそうです。実際、安定した給料を得ている人は5%程度だと言います。「DIEU MERCI、私は給料をもらう仕事につくことが出来た。でも家族に使えるのはその半分だけ。」社会保障が存在しないマリでは給与の半分を地域の知り合いや職のない親戚に渡す習慣があるそうです。マリの人々は政府からインフラを提供されず、自ら社会を守るシステムを作り出しているのでしょうか。
セグゥで店を営んでいるというバビィの奥さんは仕事と育児を両立させ、忙しい亭主の帰りを毎週待っています。平均年収が6万円程度のマリでは共働きに加え、農業による自給自足も必要だそうです。そんな過酷な人生をバビィは「幸せ」と感謝しています。17歳から始めた運転手の仕事を褒められると少し照れくさそうにしていました。
そんなバビィはタバコを吸います。車内でタバコの話題になると、「体に悪い事はわかっているが、モスリムにはこれしか許されていない」と険しい表情になりました。「マリには何も無い、何も持っていない人たちで溢れている。でも政府は何もしてくれない。」彼は少し苛立った口調で助手席の私に言いました。「これはお前にとって教訓であって欲しい。これを伝えてくれ。」
バビィは運転手として多くの観光客をマリの貧困地域に連れていきます。「いつもは観光客が写真やビデオを撮れるようにゆっくりと走るんだ。」貧困が観光資源となっている事に対して怒りを感じているようでした。「何も持たない人たちを見ると涙が出る。でも俺には小銭をあげることしか出来ない。これがアフリカなんだ。」彼はその無力感から不眠症に陥っていると言います。「夜、この国の事を考えると眠れなくなる。だからタバコを吸って忘れるんだ」、と。
その後、彼に連れられて私が見たものは生と死の狭間のような場所で生き延びる人々でした。そして夜には同じ無力感と不眠が私にも襲ってくるようになりました。ひとりの活動では何も変わらず、企業、政府レベルでも全く足りない地球レベルの問題に直面してしまうと、押しつぶされる気持ちになるのでしょう。そんなことが伝えられればバビィとの約束も一つ果たせたことになります。
May 15, 2010 3:53 AM
1l for 10l プログラムのマリ共和国視察ツアーに参加させて頂きました。マーケティング施策として非常に注目されている活動ですが、実際の支援活動や現地の状況は簡単に想像できるものではありません。今回は自分の目で確かめるという非常に貴重な機会を頂きました。飛行機を3回乗り換え、車で2000キロ以上を走破するという非常にハードな内容でしたが、多くの事を学ぶことが出来ました。
後発開発途上国の人々がどのように食し、暮らしているか。そんな事は最近まで私の現実の外にあるものでしたが、ここではその人々と手を握り合い、直接話をしました。彼らが最低限のライフラインを維持するための体制も提供されず、何も無い土地で自給自足を強いられていることにショックを受けました。マリには農業が成立していない地域も多く、失業率は公式な数字よりはるかに高いとの事です。しかし、イスラム教徒が9割を占めるこの国では自身の収入の半分を周りの人々に分け与える習慣があるそうです。国や経済が機能しない事に対する人々の自衛策のようにも思えます。私たちを5日間に亘って色々な村へ連れて行ってくれたドライバーのバビィは「水も、食べ物も無い人々を見て涙が出るが、私には小銭をあげる以外何も出来ない」と嘆いていました。
マリでは、昨年の干ばつで多くの家畜が死に絶え、飢餓の恐れに直面する国民も多く存在します。今年、また干ばつが起これば、この国は壊滅的な打撃を受けるでしょう。私達が訪問したドロ村もユニセフ職員曰く、「非常に危険な状況にある」との事でした。
今回の訪問で私から答えは出ません。ただ、現実を無視して生きることも出来なくなりました。バビィと同じく無力さに押しつぶされそうな気持ちですが、これから少しずつ自分に出来ることを探していこうと思います。
今年ももうすぐ1l for 10l プログラムが始まります。
May 14, 2010 5:33 AM
今日は1l for 10lプログラムで手押しポンプの井戸が設置されたチャアラ村を視察しました。きれいな水があるという事で、ここの子供は笑顔に満ちている印象を受けました。安全な水へのアクセスが住民の健康を支え、その健康から教育や開発が進むのです。チャアラ村では歓迎セレモニーが行われましたが、そこでの市長の言葉が印象的でした。「水と教育無しでは人生は無い。」昨日のドロ村の村長の「ここには何も無い」という言葉を思い出しました。
住民の健康状態も向上しているようで、ドロ村で見られるような慢性的な下痢や腹痛は無くなったとの事でした。チャアラ村はドロ村より比較的南に位置し、若干豊かではありますが、洗いたての服を着た子供たちは比較にならないほど明るい笑顔を浮かべていました。
水が出たとはいえ、チャアラ村にも資源はありません。私は子供たちがユニセフの職員から空のペットボトルを貰いに並んでいるのを見かけ、気がつけば私もペットボトルを欲しがる子供に囲まれていました。
ペットボトルを手に入れた子供に近寄ると、怖かったのか、泣かれてしまいました。見慣れない東洋人に怯えながらもペットボトルを大事に持つ子供と、ペットボトルを巡って喧嘩をする子供達。私たちにとってはゴミでも、彼らにとってはやっと手に入れた大切な水を運ぶ水筒なのでした。
May 13, 2010 8:31 AM
そこで汲み上げた水を飲む1人の少女に出会いました。彼女の名前はズィデッタ。7才くらいでしょうか。沼の水をろ過せずに飲むリスクをよく理解していないのか、それだけ喉が渇いているのか、汲みたての沼水を直接飲んでいました。なんでもこのドロ村では下痢や腹痛などの症状が慢性化していて、子供もそれが病気だとは気付かないそうです。他にも頭痛や目の病気を訴える住民も多く、子供達の中にも明らかに目に疾患抱える子が目立ちました。濾過されていない沼水にはメジナ虫などの寄生虫も含みますが、「メジナ虫の苦しみは渇きの苦しみの比ではない」と住民はリスクを承知で危険な水を飲み続けています。
水が無い苦しみの中でも明るく、笑顔で接してくる子供達の中でもズィデッタの瞳は印象的でした。不衛生な水によってこの瞳や小さな体が病に侵される事を想像すると耐えがたい気持ちになります。
渡航前に頂いた注意書きの中に「現地の人に見えるところでは水を飲まない」と書かれていました。50度以上の気温と直射日光の中、私はたまらず車に駆け込み、冷えたミネラルウォーターを飲みました。今は車の中でこのエントリーを書いていますが、足元には温くなったペットボトルに水が残されています。
私たちは毎日どれだけ、彼女たちが必要としているものを捨てているのでしょうか?
May 13, 2010 7:43 AM
ガオ市長への表敬訪問を終え、130キロ離れたドロの視察を行いました。サハラの砂に囲まれたこの村が直面する最も大きな問題は水。村長は強い口調で「ここには水も、金も、農業も無い。何も無い。」と言い、牧畜の為にわざわざガオまで買いに行くという藁を見せてくれました。
村の中心から徒歩で5分ほど歩くと雨季には沼地になるという荒れ地が広がっていました。そばにある井戸も昨年の干ばつで枯れ、自由に水汲みを行うことはできません。土の混じった少ない水を分け、運ぶ住民たちにとっては荒れた沼地の底に溜まったわずかな水が命綱となっているのです。
沼地にはいくつかの井戸が掘ってあり、集落毎に採水の権利を持っています。木で囲われた井戸に人が降り、水を汲み上げるのです。その水は一度汲み上げるとすぐに枯れてしまい、また水を汲むには3時間ほど待つ必要があるそうです。住民はそれを繰り返し、時には数十キロも離れた民家まで水を運びます。
May 13, 2010 7:43 AM
バマコからモプティへの旅から景色は一変。ガオまでの道のりは岩山と砂漠が続きます。環境の苛酷さは北へ進むほど増し、木々が段々短く、小さくなります。ガオまでの所要時間は8時間。成田を出発してちょうど100時間後の到着です。
途中、穴のあいた道はほとんど機能せず、車の片側を道路からはみ出した状態で走行しました。気温も50度を優に超え、そこら中で砂嵐が巻き起こります。
道中で見た一つの文章が印象に残りました。「DIEU MERCY」。「神に感謝」(DIEU MERCI)ではなく「神よ、慈悲を」と書かれたトラック。環境の過酷さと住民の苦悩を物語ります。ここでは太陽は命を与えるより、奪うものに思えてしまいます。
途中、水不足とメジナ虫病に悩まされるドロ村で取材に出ていた先発隊と合流をする予定が失敗。ホテルにたどり着いた時には日没が近く、市街へ出ることは安全上の理由で許されませんでした。昨年もフランス人観光客が誘拐されたガオで夜間の移動はとても危険との事で、仕方なくドロ村の視察は明日に変更し、後発隊はホテルでの待機となりました。
ホテル周辺の集落はドーム状の藁葺き屋根の家が立ち並び、付近を散歩していると人々が不思議そうに顔をのぞかせます。危険地域とはいえ、挨拶に優しく応じる、温厚な人々ばかり。しかし、少し出歩いただけで口の中は砂だらけ。まともに目を開けることも困難でした。環境に負けず、たくましく生き抜く人々を見て、色々と改めて考えさせられます。
夜は合流した先発隊と夕食を摂り、明日の打ち合わせ。頂いたチキンの煮込みはアフリカに来てから一番美味しく、ありがたい食事でした。先発隊からドロ村の信じ難い程過酷な状況を聞き、明日自分自身の目で見るために一泊数百円のホテルで備えます。
May 11, 2010 7:21 AM
本日はマリの首都バマコより、既に1l for 10l プログラムの支援を受けているモプティへ車で11時間の移動です。出発前にユニセフの事務所にてこの取り組みに対する簡単な説明を受けました。
ユニセフの活動は大きく分けて3つ。Education(子供の教育)、Protection(子供の保護)そして健康管理、栄養、そして水・衛生に細分化されるOperation。その中でも「水・衛生」は特に効果が見えやすく、活動の重要な部分であるといいます。マリではきれいな水にアクセス出来ない事から健康を害する子供が後を絶たず、5歳以下の致死率は2割にまで及びます。きれいな水はその直接的な影響だけでなく、子供たちを過酷な水汲みから解放し、教育の機会を与え、更なる様々な社会問題の克服へと導くのです。ユニセフのミレニアム開発目標にも、2015年までに「全ての子供にきれいな水と教育を提供する」と明言されています。この目標を達成するためには今の倍ほどの支援活動が必要とされており、日本の1l for 10l プログラムは欠かすことが出来ない存在となっています。
1l for 10l プログラムは様々な企業や政府の賛同を得て、更なる多くの援助を生み出しました。しかし、マリの爆発的な人口増加(年3.6%)に加え、昨年から続く干ばつにより、その活動は困難を極めているようです。
モプティへの道のりで目に付いたのが働く子供でした。タンクに汲んだ水を抱え、農作物を売り歩き、小学校低学年ほどの子供が生きる為に働いています。私たちの車が停車すると小さな女の子たちが駆け寄り、果物を売ろうとし、男の子は物乞いを始めます。彼らにとって「教育」は贅沢なものでしょう。
北に進むほど植物は減り、住民の生活はその貧しさを増します。今日は夜になるまで、その風景だけを窓から見続けました。明日は早朝に出発し、最初の目的地、未だ支援の行われていないドロ村(ガオ地区)に向かいます。